海辺でいつも歯車を回すおじさんがいる。
手に抱えられるくらいの数種類の歯車が組み込まれた箱を抱えて、ハンドルをくるくると回している。
浮世離れした風貌のおじさんをみんなは怪訝そうに眺めるものの、近づくことも声をかけることはなかった。
周りにいる大人も友だちもあのおじさんに関わろうとしない。
もちろん自分もそうしたほうがいいと分かってる。
「おじさんは何をしているの?」
だけど声をかけた。理由は分からないけど、それが当然のように声をかけた。
「…………運命の歯車はいつどんな時にでも、回り続ける。大きかろうと小さかろうと、止まった瞬間に世界は終わる」
初めて聞いたおじさんの声に、内容よりもしゃべるんだって驚きが強かったがその時の言葉を今でも思い出せる。
「回るきっかけはどこにでもあるが、万が一きっかけがない瞬間が来れば世界は終わる」
しゃべり続けている間もおじさんは歯車を回し続けていた。
「…………来るかも分からない万が一のためにおじさんは備えているの?」
「それがわたしの運命なのだ」
「誰かが決めたの?」
「わたしが自分で決めた。三姉妹も運命とは人が勝手につけた名前であり、自らを縛る鎖にも、自らを奮い立たせる旗にでもなると言っていた」
そこで初めておじさんは顔をあげた。
みすぼらしい浮世離れした風貌すらも気にならない、生きている輝いた眼が伸びた髪の隙間から見えた。
家に帰って親に怒られた。おじさんを話しているところを誰かが伝えたらしい、これも運命なんだろうか?
何が運命なのかは未だに分からないけど、今でもおじさんは自分で決めた運命を生きている。
とりあえず危ないことをするなと言われたところは受け入れた。
ただおじさんの悪口には言い返して、ケンカになった。
運命なんてあるのかも分からない。
でも、
町の誰もが関わらないおじさんが、覚悟を決めたかっこいい人だと言うのは自分だけが知っている。
これが運命なのかもしれない。
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蛇足:運命とか生きる意味は無い派です。
蛇足の蛇足:何かを決めるのに占いとか使う人は嫌いです、自分の心に従え。
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